指定等: | 県指定 |
種別: | 史跡 |
員数: | 1基 |
年代: | 江戸時代 |
指定年月日: | 昭和12年3月31日 |
所有者: | 宗教法人・長徳寺 |
所在地: | 大字芝6303 |
戦国時代末期から江戸時代初期にかけて詩文・書道にひいでた学僧として名高い龍派禅珠(号・寒松)は、天正10年(1582)に長徳寺住持となり、慶長7年(1602)に徳川家康の命により足利学校10代庠主(しょうしゅ)となりました。慶長15年(1610)、徳川秀忠の命により鎌倉建長寺178世住持を命ぜられ、以後寛永5年(1628)まで、長徳寺の住持を務めました。この間、2度の火災に遭った長徳寺の再建に努め、大檀那代官熊沢忠勝の力を借り堂宇の整備に力を注ぎました。墓石は小松石の無縫燈(卵塔)で、高さ2m94cmを測り、正面中央に「中興」の二字が刻まれています。